百人一首に限らず、平安恋歌の傾向として、男の歌は恋愛初期のGOGOアプローチソング

(「こんなに君が好き


」的内容)が多い。
一方、女の歌は恋愛終焉期

の未練ソング(「アンタ、あんなに熱心だったくせに、何よ最近のその態度


」的内容)、もしくは恋愛初期の懐疑的ソング

(「今は熱心だけど、どうせ今だけなんでしょ


」的内容。)が多いんですよね。
この時代は「通い婚システム」


男が女に恋をして

、で猛アタック

↓
女がOKする

↓
男が女の家へ通って交際スタート

↓
男が来なくなったら恋愛終了〜

↓
女から未練タラタラ、恨み呪いのお手紙


このシステム上、仕方がないっちゃないんだけど、恋愛のメッセージ発信の仕方は通い婚じゃない1000年後の今だって同じ
最初だけ熱心で、釣った魚に餌はやらない男って割と多いと思わない?
オマエは平安貴族かよっ
反面、いざフラれた時に、女子は一旦はかなぁ〜り凹んでも


、やがて立ち直って次の恋愛にGO

かたや、いつまで〜もジメジメ〜


っと引き摺るオトコが多いのも事実だったり…
今回の歌は、そんな「フラれてジメジメ男」から依頼されて、清少納言パパが詠んだ未練ソング
末の松山っていうのは、海辺にあるけど絶対波が越さない

ことから「絶対心変わりしない

」という例えに用いられることが多いんです。
言わば「心変わりなんて、地球が反転するよりありえな〜い



」って感じ?
ただねぇ。最初は誰でもそう思うんだけど、心変わりは恋愛の常
残念ながら、恋心に「絶対」はないし約束なんて無意味なんです、ハイ
だからこそ、気を抜いたり手を抜いたりしちゃダメってことなのよね