解答
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沖縄県宜野湾市にある米軍の普天間飛行場(通称/普天間基地)を、沖縄県名護市辺野古(へのこ)地区に移転する計画
普天間基地は、同じく沖縄県中頭郡嘉手納(かでな)町を中心に広がる米軍の嘉手納飛行場(通称/嘉手納基地)と並んで、米軍のアジア防衛戦略の重要拠点とされている
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普天間基地は、1945年の沖縄戦のさなかに米軍により建設が始められ、その土地収用にあたっては、禍根を残していた
また、市街地の中心部にあるために事故の危険性

も高いことからも、古くから返還要求が出ていた
1995年、沖縄に駐在する米兵による少女暴行事件が発生

米軍の沖縄駐留に対して大規模な反対運動が起きた
それを受け、日米安全保障協議委員会は、沖縄における施設及び区域に関する特別行動委員会を設置。
翌1996年、橋本龍太郎首相(当時)が、ウォルター・モンデール駐日大使と「普天間基地の移設条件付返還」で合意

返還に向けた行動を約束した
同行動委員会は、5年〜7年の間での全面返還を発表。
しかしその条件として「十分な代替施設が完成し運用可能になった後」とあった
移転候補地がいくつか挙がった中で、有力候補地となったのが名護市辺野古地区である。
その後、名護市市長選挙はもちろん、沖縄県知事選挙でも、米軍基地のあり方を巡っては、県内での基地移転容認派と反対派が対立
1999年には、沖縄県知事が正式に辺野古地区を移転先として選定している。
しかし2004年には、普天間基地のすぐそばにある沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落するという、恐れていた市街地内での事故

が発生し、基地移転問題が再燃

現在までその対立は続いている。
1996年の移転に向けて動く約束から、実に13年以上

基地移転問題は二転三転、迷走を続ける結果となっている
