小論文・面接に出る 時事問題

[プラハ演説・核軍縮]



この演説が行われたプラハは、どこの国にある?

 
この「プラハ演説」の歴史的価値とは?


解答



チェコ共和国

プラハは、チェコ共和国の首都
チェコ共和国は、1991年のソビエト連邦崩壊以降の一連を流れの中で、1993年にチェコスロバキアがチェコとスロバキアに分離して成立しています

またこのプラハは、「プラハの春」としても世界史に登場します

1960年代半ば、アメリカ・ソビエトを中心とした東西冷戦は複雑化します
当時アメリカは、ベトナムの社会主義国化を恐れて、北ベトナムの爆撃を開始、ベトナム戦争に突入します

かたやソビエト側では、社会主義諸国のいくつかの国が、ソビエトの影響から外れて独自の外交政策を展開する動きもでてきます。
その冷戦構造が複雑化する中で、1968年、チェコスロバキア(当時)では民主化を求める国民運動が高まります
このときのチェコスロバキア共産党書記局長、改革派とされるドブチェクはこの運動を推進しようとします。
この一連の自由化運動が「プラハの春」です

時を経ること40余年。
オバマ大統領は、核廃絶への第一歩を踏み出す地として、この自由と民主を象徴する町・プラハを選んだ、ともされています



2009年4月5日、オバマ大統領は、アメリカと欧州連合(EU)の初の首脳会議のため、チェコを訪れました。

その日程の中で行われたのがこの「プラハ演説」です
オバマ大統領は、この演説のなかで、

「世界で唯一核兵器を使用したことのある核保有国として、アメリカは行動を起こす責任がある」

「この取り組みをわれわれ一国で成し遂げることはできないが、しかし、世界をけん引することはできる

「わたしははっきりと信念を持って、核兵器のない世界の平和と安全保障の実現にアメリカが取り組むことを宣言する

と語っています

唯一の核使用国であることやその世界的使命を認めたうえで、核実験の即時禁止に向けた考えを示し、アメリカ国内議会では包括的核実験禁止条約(CTBT/Comprehensive Test Ban Treaty)の批准をめざす考えを明らかにしました。

東西冷戦が終結し、その後のアメリカ一極支配体制、さらにはアメリカ発の世界的経済危機を経て、「無極化」しているともいわれる世界情勢

そのなかで新興諸国の核保有疑惑など、核拡散の恐れが叫ばれています。
最大の核保有国の現職大統領がここまで踏み込んだ発言をしたことは極めて異例
核軍縮に向けた大きな流れを作っていくことになりそうです

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